2010年2月9日、中日新聞
麻酔科医の不足が深刻だ。病院が定員を確保できず、患者の手術待ち期間が延びたり、勤務医の過酷勤務につながることも。常勤不足を補うアルバイト医師の報酬の高騰に、頭を痛める病院も多い。
愛知県一宮市の一宮市立市民病院(560床)では、常勤の麻酔科医ゼロの状態が4年半続いている。手術室が10室。本来なら麻酔科医が5、6人必要な規模だ。
「麻酔科を志す研修医が来ても、指導医がいないから他の病院に逃げられてしまう」と人事担当者。愛知内の医大から数人を交代で派遣してもらい、やりくりしているが、報酬は他科に比べ突出して高い。
フリーの麻酔科医から常勤の申し入れも時々あるが「院長以上の報酬を求められたりして、条件が合わない」という。
2010年10月に、一宮市内の愛知県立循環器呼吸器病センターとの統合を予定しており、愛知県立循環器呼吸器病センターから来る麻酔科医1人を核に、態勢を整備していくという。
愛知県内の民間病院に勤める麻酔科医(48)は、他県の民間病院と医大に勤める中で、さまざまな状況の変化を味わった。
民間病院での10年間で、手術数は1・5倍に増え、麻酔科の医師数は5人から3人に減った。欠員を補充できない中で「月5回ぐらい当直で、36時間連続勤務の時もよくあった」。
その後、大学では“バブル”を体験した。「大学の給料は安い。しかし、医局が関連病院と契約して、週1日か1日半のアルバイトがあった。その報酬が給料と同じぐらい。夜中の呼び出しで心臓外科の高度な手術に携わったときは、48万円ついた」。
医局員がアルバイトで抜けるため、大学病院の手術に携わる人手が足りず、複数の手術を掛け持ちすることもあったという。
なぜ、麻酔科医不足になったのか。名古屋大の西脇公俊教授(麻酔・蘇生(そせい)医学)によれば、以前は外科医が「標榜(ひょうぼう)医」(麻酔科の看板で開業できる資格)になり、麻酔をすることが多かった。
しかし、高度な手術が増え、医療事故防止の意味もあって「麻酔は麻酔科の専門医がやるべきだ」という機運が急速に高まってきた。急性期医療の病院にとっては、手術件数を増やすことが経営に不可欠で、専門医が引く手あまたになり、報酬の高騰にもつながっている。
麻酔科医の数自体は増えている。しかし、すべての手術に専門医が携われる状況は、まだ遠い。
西脇教授は「名古屋大では20年前からすべての麻酔を麻酔科医がやっているが、大病院でも簡単な麻酔は外科医がやっているところがある。中小病院だともっと多いはず」と話す。
日本麻酔科学会では、他の病院から専門医を派遣できる「麻酔医療圏」の構想を打ち出した。その実現に向けて、地域の専門医の人数、手術件数などを把握する作業を始めている。
卒後臨床研修での麻酔科の必修化、休職中の女性医師の復帰支援、引退した専門医の活用、標榜医の講習、研修-などにも取り組む方針だ。
卒後臨床研修での麻酔科の必修化 |
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休職中の女性医師の復帰支援 |
引退した専門医の活用 |
標榜医の講習・研修 |
中日新聞が2009年末に中部地方のがん診療連携拠点病院(高度ながん治療をできる、国指定の病院)を対象に行ったアンケートでも「がん手術待ち期間が延びた」と答えた病院の44%が、麻酔科医不足を理由に挙げた。
愛知県内のある病院では、2008年末に常勤医4人が一斉に退職。急きょ、大学から非常勤の医師2人を送ってもらい、他病院で研修中の医師を戻すなどして、4人体制を何とか確保したという。
三重県内の病院は「麻酔科医が不足し、手術が思うように組めない。手術を待っている間に、病状が進行してしまうこともあるかもしれない」と明かした。
石川県の病院は、麻酔科医不足で手術数が従来の25%減。マスメディアで産科や小児科の危機が注目されることに対し「少子化で産科や小児科の患者は減っているが、がん患者は増えており、外科や麻酔科の医師不足はもっと問題だ」と訴えた。